国立研究開発法人 海洋研究開発機構

海底下の最深部に挑む「ちきゅう」を支える確かな技術と信頼

文部科学省所管の国立研究開発法人である「海洋研究開発機構」(JAMSTEC)は、海洋関連の研究開発や学術研究を支援する組織です。研究船や無人探査機、研究施設の運営を通じて、海洋科学技術のフロンティアに挑戦しています。今回は、JAMSTECが保有する研究船のうち、今まで人類が到達できなかったマントルや巨大地震発生域への掘削に挑む地球深部探査船「ちきゅう」について、JAMSTECの前田玲奈氏にお話を伺いました。

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海洋研究開発機構(JAMSTEC)の事業内容、
および前田様の業務内容について、簡単に教えてください

JAMSTECは、海洋科学技術の水準の向上を図るとともに、学術研究の発展に貢献することを目的に、海洋に関する研究開発や学術研究に対する支援業務を総合的に行っています。私が所属する運用部は、研究船舶8隻-「ちきゅう」、「かいめい」、「よこすか」、「かいれい」、「みらい」、「白鳳丸」、「新青丸」、「しんかい6500」-を管理する部門で、国内外の研究者の公募から採択されたプロジェクト実施のため、研究船のスケジュール調整、調査内容に応じた人員、機材、手法、各種手続きの確認と調整、および準備などを行います。

3_Maeda w C調査期間は長いものばかりではなく、10日間や2週間といった短期間のものもあり、調査内容に応じて最も効率的な運用スケジュールを作成します。一航海の期間は決まっていませんが、ヘリデッキを有する「ちきゅう」は乗船員のヘリコプター輸送が可能なため、対象海域に長期間とどまって調査を行うことが可能です。滞在期間は、研究者は2か月が最長となりますが、乗組員は28日ごとに交替しながら船を維持します。

私はこれまで、「ちきゅう」だけを担当し、採択されたプロジェクトのマネージメント業務を行っていましたが、今後はすべての船舶を担当することになりました。より広範囲な分野での知識も必要となり、さらに忙しくなりそうです。

地球深部探査船「ちきゅう」の概要を教えてください

「ちきゅう」は、全長210メートル、幅38メートル、総トン数56,752トンという巨大な科学掘削船です。現在、科学掘削を目的とした世界中の船舶の中で、「ライザー掘削」ができるのは「ちきゅう」だけです。ライザー掘削では、さまざまな素材を配合した特殊な溶液(泥水)をドリルの先から噴射することで圧力を調整しながら海底を掘り進めます。泥水はドリルで掘進するときに出る岩石の破片(カッティングス)ごと船に回収して固液分離し、固体(カッティングス)は研究素材に使用し、泥水は循環利用するので、外の環境に与える影響を最小限にとどめつつ安全で効率的な掘削を行うことができます。

ちなみに「ライザー」という名前は、ドリルパイプを通して送られる泥水が、外側のライザーパイプとの間を通って上がってくる(rise)ことに由来しています。以前は海水による圧力を利用した「ライザーレス掘削」方式のみで科学掘削が行われてきましたが、掘削深度が深くなるにつれて地中の圧力が高まり、掘削孔が崩れるおそれがあるため、海底地層を支えながら大深度掘削できるライザー掘削方式を取り入れたのです。

また「ちきゅう」は「海底下の地質サンプルを採取する」だけでなく、「採取された地質サンプルを船上で分析まで行う」ところも大きな特徴です。「ちきゅう」の船体前方に位置する居住区画には、4階建ての研究施設があります。研究施設を管理する専門の技術員が24時間体制で分析システムを維持し、地質サンプルを採取後、可能な限りすぐに分析し、信頼性が高いデータを研究者に提供します。

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「ライザー掘削システム」概略図 ©JAMSTEC

現在取り組んでいるプロジェクトは何ですか?

今後30年以内に70~80%の確率で発生するとされている南海トラフ巨大地震の発生メカニズムを解明するため、2007年から約12年、16航海からなる「南海トラフ地震発生帯掘削計画」というプロジェクトがこの3月に一段落したところです。南海トラフでの地震発生メカニズムの解明を目的とした掘削は、「ちきゅう」が建造されるよりも前の1990年から始まりました。この海域は古文書により、繰り返し発生した巨大地震の年代が判明している世界唯一の場所として重要視されており、地震断層帯の直接観測・サンプル採取の実施を目指すプロジェクトとして、国際深海科学掘削計画(IODP)に提案されました。そして2005年10月にIODPの審査機関によって「ちきゅう」での最初のプロジェクトとして選ばれ、2007年に掘削が開始されました。12年間にわたり世界中の研究者が全身全霊を傾けて調査研究を進めてきましたが、今のところ地震発生のメカニズムの解明には至っていません。とはいえ、現在までの研究航海によって、プレート境界断層の地質の特性や構造、挙動は明らかになってきています。また、断層帯の微生物や水の組成についてのデータや、別の海底域での掘削データとの比較など、地震以外の分野で現在も解析している研究者もたくさんいますので、今後の結果報告を楽しみにしています。

「ちきゅう」における、スウェージロック製品採用の背景について教えてください

水深2,500メートル、海底下7,000メートルという「ちきゅう」の最大掘削能力を発揮するには、過酷な条件下でも高い信頼性が変わらない製品が不可欠です。そこでスウェージロック製品が選ばれています。また、掘削作業時には、地層中に存在するガスや油などが噴出することがあり、これを防止する装置が海底2,000~3,000メートルの厳しい環境で稼働しています。そこにも採用されているスウェージロック製品は、乗船するプロの技術者からの信頼度も非常に高く、また研究者からのニーズにもしっかりと応えています。私たちにとって、配管はスウェージロック以外の選択肢はありません。1と1/4回転の締め付けで確実に接続できる、施工の容易性も高く評価されています。

「ちきゅう」が取り組むプロジェクトにおいて、
装置の仕様や部品を選定する際に重視した点は何ですか?

安全に掘削を行いつつ地質サンプルの採取や分析を進めるには、設備や装置に対しても高い信頼性が求められます。スウェージロック製品はまさにそこに応えてくれています。また船内は振動や温度の変化など、配管に不具合をもたらす要因が多い環境です。にもかかわらずスウェージロック製品からは漏れがないため、保守作業に時間を取られることがありません。航海中に使用する分析機器を変更することもあるため、必要な時にすぐに使えるように常時スウェージロック製品を在庫するようにしています。

今後のビジョンを教えてください

南海トラフの掘削では地震のメカニズム解明には至っていないものの、今回収集した地質サンプルやデータから今後、別分野の研究者が新たな結果を導き出す可能性も十分にあります。他にも、予備海域で掘削したエリアの地質サンプルやデータで成果が得られるといったことも期待できることから、科学掘削船のプロジェクトは直ちに成功や失敗という結論が出せるものではないと思います。未知の海底地層を掘削するので挑戦の連続ではありますが、「ちきゅう」は今後も巨大地震発生のしくみの解明、生命の起源の探求、地球規模の環境変動の解析、海底資源の調査など、人類の未来を切り開くさまざまな成果を上げることを目指して航海を続けていきます。

今後、スウェージロックの製品やサービスに期待することは何ですか?

2年に一度技術者向けに実施しているスウェージロックのセミナーは、継手の施工と機械的挙動の説明から、ねじの種類、継手の形状、取り扱い方法に至るまで、現場の日々の作業に直結する基本的な知識を身に付けることができ、とても有意義です。効率的で安全な(かつ美しい)配管をロジカルに学べるということで出席希望者も多いので、これからも継続いただきたいと思っています。

「ちきゅう」の現在の課題は、建造当初から手を入れていない集中配管の換装です。研究の仕様や方法などの変更により不要になった配管もあります。換装が決まった暁には従来と同様、スウェージロックの担当者や技術者の方々に足を運んでいただき、作業中に発生する課題を理解してもらい、一番効率的なソリューションを提案いただければと思っています。

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